哲学の時間

死を恐れる心は人として正しいことだ。
そうでないのならそれはもう既に人ではなく、むしろ、死者に近しい存在だと言える。
思う通りの死を得られるものは幸いなり。
人は得てして望まぬ死を与えられるものにして、自ら死を望みたるは即ち悲しきことなりや。
目的があれば人は生きていける。
無くは生きていることにあらず。
ただ死んでおらぬばかりなりけり。
得てして人は、自らの望むものを与えられず。
自ら思えぬものを与えたるかし。
それ、即ち人の生きたることなりや。
救いは与えられるものにあらず。
救いとは与えたることなりか。

望む死を与えられるものは幸いなり。
死することには理由は要らず。生きることには意味を要する。
果たして命に限りあり。
死ぬことは容易だ。
ただ、生きることを諦めればいい。
そなたにとって生きることは希望か?
それとも絶望なのか?
死することは救いになるのか否か。
それは私が知りたい。
無駄になる命など存在しない。
散りゆく命にも確かに意味はある。
それを見る者も果たして私もそうなるのかと思わせる衝撃を与える。
そうして、死は人に多くのものを残して逝くだろう。
それは、果たして悲しいことではあるが。酷く高潔なることと私は思う。
よく生きよ。人に出来るはただそれのみ。
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by bun_makuhari | 2008-06-18 04:00 | 日記

更新してる人:ブンセー  このブログ:日常のどうでもいい変化をしたためていくあのアレ


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